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一時帰国前に北京の大学に留学している親友と旅行をしました。 旅行中はハイテンションで駆け回る私達ですが、今回はちょっといつもと違う旅になりました。 1月17日(木) 西安→北京 北京での宿泊は、友人の寮を使わせてもらうことになっています。 西安で降り続いている雪の影響で、飛行機が飛んでくれるか心配でしたが、ほぼ予定通り夕方に北京に到着。 空港まで迎えに来てくれた友人と一緒に、空港リムジンバス+タクシーで友人の大学近くへ。 晩ご飯は、おいしいと有名な韓国料理屋で本格焼肉をお腹いっぱい食べました☆ それにしても・・・すごいです、北京! 地下鉄はビュンビュン通っているし、(西安は建設中) コンビニあるし、(西安にはまだない) コンビニの品揃えは日本とほぼ同じだし、(おにぎりもおでんも何でもアリ) タクシーはきれいだし、(オリンピック前だからとのこと) 標準語だし、(当たり前?) そして物価も高い。タクシーの初乗りが6元の西安に対して、北京は10元です。 大学もハンパなく広い! 親友の留学先の大学は、中国国内でも屈指の有名大学。 西安の大学も広いと思っていましたが・・・鼻で笑われそうな規模の違いです。。。 西安は小さいとはいえそこそこ街だと思っていましたが・・・ 沿岸部と内陸の差を痛感した夜でした。
ストレス発散方法。自分自身の癒し方。 思いっきり寝る。犬と一緒に寝る。 好きな小説や漫画を読む。本屋に行く。音楽を聴く。 とにかく部屋を掃除をする。 マッサージをしてもらう。足ツボに行く。 母と買い物に行く。大好きな店のパフェを食べる。大好きな店のコーヒーを飲む。 ・・・といろいろありますが、西安に来てからはよく散歩をしています。 そして、とっておきのリフレッシュ方法もあるのです。 「陝西歴史博物館へ行く」=青銅器を見る。 気分転換をしたい時は、博物館の前を通るコースを散歩。 でも、相当煮詰まっている時など、スペシャルな癒しが必要な時は、チケットを購入して中に入ります。 実は、ここのところ丸一日仕事がないという土曜日がずっとありませんでした。 かなりストレスが溜まっていて、そろそろ限界。。。 というわけで、本日、歴史博物館に入館して参りました! 午後2時過ぎ到着。 春頃に始まった改修工事は、まだまだ終わる様子もなく、別館で展示してありました。 陝西歴史博物館は、4つの時代に分けて展示してあります。 1ブロック:史前~周 2ブロック:秦~漢 3ブロック:魏晋南北朝~隋唐 4ブロック:隋唐~宋元明清 一通り見終わったのが4時45分。気づいたら3時間近く経っていました(汗) 私の見学時間配分は、おそらくこんな感じだと思います。 1→2時間20分、2→15分、3→5分、4→5分 いえ、2~4の内容も好きなのですが・・・つい。。。 最後にもう一度1ブロックを見ようと戻ってみたら、お客さんが一人もいなくて物音一つしません。 こんな機会めったにないはず! そこで・・・カメラを取り出して、動画なんて撮ってしまいました。 まさに、館内を独占状態です。気分は最高潮。 あと少しでお目当ての青銅器を全部撮り終わる!・・・という所で、警備員に声をかけられました。 「お嬢さん、閉館ですよ。急いでください。」 最後の客は二度目の経験です。(一度目は3月) そして、今回は見事に電気まで消されました。。。 警備員の声、消される電気、鍵がかかるドア・・・カメラには見事に閉館の瞬間が納まっています。 今回も、またまた追い出されることになってしまいましたが、青銅器パワーのおかげでずいぶん癒されました☆ 次回は2~4ブロックも、じっくり見学することを誓います。
西安の空港は西安市ではなく、お隣の「咸陽(かんよう)」という所にあります。 西安市内から空港まではリムジンバスで一時間ぐらいです。 空港から咸陽市中心部までは、バスで4~50分だそうです。 もちろん、日本との行き来や来客の際の迎え&見送りで空港にはよく行くのですが、今まで咸陽市内には行ったことがなく・・・ 一週間前、初めて咸陽市内へ行って来ました。 咸陽に実家があるという学生の案内です☆ 私の寮から西安の端までバスに乗り、そこで咸陽行きのバスに乗り換えて50分ほど。 街は西安ほど大きくありませんが、きれいで落ち着いた雰囲気があり、住みやすそう。 食べ物などは、西安とほとんど同じとのことです。 午前中は街の中心部を少し案内してもらい、お昼前に「乾県」行きのバスに乗りました。 咸陽から乾県まではバスで約1時間。 車窓からの景色は一面のりんご畑です。 咸陽⇔乾県間にある「礼泉」という所は、りんごの名産地なのです。 ちょうど収穫真っ只中で、農家の家の前にはりんごがゴロゴロと山積みになっていました。 乾県のバスターミナルに到着。 なんと、学生の知り合いの方が車で迎えに来てくれました。 ◆永秦公主墓 永泰公主=唐の中宗の7番目の娘で、高宗と則天武后の孫娘。 地下の墓道には「待女図」という壁画があります。日本の高松塚古墳の壁画によく似ています。 ◆乾陵博物館 永秦公主墓の敷地内にあります。 乾陵付近から出土した文物が展示してあります。 ◆乾陵 唐の高宗と則天武后が葬られている。夫婦共に皇帝となり、その夫婦を合葬墓として葬っている陵墓は、中国の中でもここ乾陵だけだそうです。 乾陵には「無字碑」という何も書かれていない石碑があります。 これには ・自分の功績はとても文字で表現することはできない・・・と則天武后が考えた説 ・功績は自分で決めるのではなく、後の世の人々が決めることなので記さないと・・・と則天武后が考えた説 など、色々な説があるようです。 乾陵は小高い山ですが、参道などがある陵の敷地自体、かなりの高台にあります。 観光中は、中国語ガイドの説明を学生が聞き、辞書片手に日本語で私に通訳・・・ 専門用語だらけで、学生はかなり疲れたことと思います。。。 でも、おかげで思い出に残る日帰り旅行となりました!本当に感謝です!!
あまり知られていませんが、「西安植物園」という所があります。 寮からすぐ近くのところにあるので、散歩がてら行ってみることにしました。
入り口の看板には、色とりどりの花の写真がありましたが・・・
時期も悪かったのか、花もほとんどなく、手入れが行き届いていない公園といった感じです。 期待はしていませんでしたが(苦笑) それでも、池に浮かんだ蓮の花を見たり、鳥の声を聞いたりしていると気分が落ち着きます。
園内はなかなか広く、歩き応えがあります。 カメラ片手にブラブラしていると、おもしろい光景を目にしました。
ウェディングドレスの女性とタキシードの男性の写真撮影。
中国では、結婚前にカップルが写真を撮る習慣があります。 街中でも、そのための撮影業者の店をたくさん見かけます。 結婚した中国人の知人に、その写真を見せてもらったことがありますが、それはもぉ・・・すごい! 完璧な化粧、いくつもの衣装に身を包み、モデル顔負けのポーズを決める。 そのポーズのほとんどは、二人が手を取り合ったり、寄り添ったり、見詰め合ったり・・・二人がいかに愛し合っているかを証明しているようなものばかり。 写真を見ているこちらが恥ずかしくなってしまいます(恥)
その「愛の写真撮影」が、まさに植物園内で行われていました。 しかも撮影は一組ではなく、着飾ったカップルと次から次へとすれ違いました。10組ぐらいはいたような・・・。 どうやら、西安植物園は、ウェディング写真の撮影スポットだったようです。 その証拠に、奥に進むと、道のど真ん中に白いピアノ(偽物)やらチャペルもどきの建物やらが登場しました。 それぞれのカップルの撮影風景を見ていると、本当にバラエティ豊かでおもしろいです。 木から顔を覗かせる彼女、手を差し伸べる彼。 仰向けに寝て空に向かって手を高くかざす彼女、その空を見上げる彼。 白いピアノ(偽物)を笑顔で弾く彼女、その彼女をピアノにもたれながら見つめる彼。 木陰に座る彼女、彼女に膝枕をしてもらう彼。 手を取り合ってダンスをする二人。そして、ドレスがフワリと宙に舞う瞬間を撮るために、ドレスの端を持って走り回る撮影アシスタント(←彼が一番大変そう) そんな彼女のドレスの下は、みんなGパンにスニーカーでした。 愛の写真撮影を見たいという方は、ぜひ「西安植物園」へ☆
国慶節1日目の行き先は、「唐城壁遺跡公園」です。
先日、シルクロード出発点に行った後、唐の時代の城壁について調べてみました。 すると、地図に「唐代城壁遺跡」という文字が! 中心部の人ゴミにうんざりしたので、そちらの方面に向かうバスに乗り込みました。
西安には、高新開発区という企業のビルや高層マンションが急速に建設されている場所があります。 その高新地区の澧恵南路と唐延路の間に、「唐城壁遺跡公園」があります。 2004年、唐代西南城壁の発掘調査と研究で、この場所で「延平門」の遺跡が発見されたそうです。
唐代長安城は、今の西安城の八~九倍の大きさだったとのこと。 調べてみると、城壁は東西約9700m、南北約8600m、周囲は約36km。 城壁の東西南北にはそれぞれ3つの門(計12に門)があったそうです。 その西側の最も南側にあるのが「延平門」です。
今は、その遺跡があった場所は公園になっています。 木々や芝生やベンチに囲まれた散歩道が、南北に数キロ続いています。
帰りは都の真ん中にあった「朱雀大路」と、城壁南の中央にあった「明徳門」を回って帰りました。 今はそれぞれ、「朱雀大街」「明徳門」という道の名前が残っています。 (遺跡として残っているのかな・・・?不明です。)
さて、国慶節2日目。 午前中は部屋の大掃除と買い物。 午後は仕事でした。
今日は、久しぶりに太陽が復活。 明日もいいお天気だといいのですが・・・。
10月1日は中国の建国記念日=国慶節です。 カレンダーは1、2、3日が休日になっていますが、ほとんどの学校は、一週間休み。 その代わり、9月29日、30日は土日だというのに、4日、5日の代講授業をすることになりました。
私は運よく、今日からお休みです☆
せっかくのお休み。旅行したい気持ちもありますが、国慶節中に数日仕事が入るので、西安でのんびりすることにします。 同僚の日本人の先生二人は、友達が西安に来るそうです。
それじゃ、私は一人旅でもしようかなぁ~。。。
と冗談で言ってみたところ、「本当に行ってしまいそうなので、笑えない」と突っ込んでもらえませんでした。いえいえ、いくら何でも一人旅はしません。 一人観光ならしますが!
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・・・というわけで、連休初日の今日。 以前から気になっていた「絲綢之路起点群像(=シルクロードの出発点)」へ行って来ました。 一人観光です(笑)
西安の城壁の西門を出たら、そこは異国への道
と言われていますが、今の西安城壁は明代のもので、唐代はもっと大きく、西門も今よりさらに西にあったそうです。 その唐代の城壁の西門があった場所に、シルクロード交流2100年を記念して1988年にキャラバンの群像が建てられました。 そういうわけで、今の城壁西門ではなく、ここが正真正銘のシルクロードの出発点になります。
西域の顔立ちをした商人が率いるラクダのキャラバン。 他に何があるわけでもなく、現地の人々の憩いの場になっています。 ベンチでおしゃべりしている人。待ち合わせをしている人。本を読んでいる人。キャラバン像に登って遊んでいる子供達。
2000年以上前は、全く違う光景があったのだと思うと、不思議な気分になりました。
※料金:無料。 西安中心部「鐘楼」から市バス(2元)で20分ぐらい。
→→7月10日(火)続き 紂王宮の荒廃っぷりに涙がこぼれましたが、気を取り直して、昼過ぎに「俊県」方面の「淇河」という所にある紂王墓(墓参り)へ。 淇県→俊県 バスで30~40分(1.5元)。乗客が増えるまでトロトロと走り続ける。 ◆紂王墓 「淇河」の橋を渡った村でバスを降りました。 歩いて行ける距離ですが、殺人的な暑さだったのでバイクタクシーをつかまえました。 紂王宮は見事に荒廃していましたが、お墓の方は比較的きれいな石碑もあり、なんとかそれなりの形でした。 といっても、雑草だらけの土山がポツンとあるだけですが。。。 まさに栄枯盛衰・・・ですね。 ◆妲己墓 蘇妲己(ソダッキ)=紂王の妃。絶世の美女と言われ、紂王の寵愛を受ける。悪女の代名詞とされている。 妲己墓。ある意味、今回の旅行で一番強烈に印象に残っています。。。 紂王墓のすぐ近くに妲己墓があると聞いたのですが・・・ありません。バイクタクシーの運転手も、紂王墓しか知らない様子。 畑のあぜ道を歩き続けるものの、とうもろこし畑が続くだけで一向に墓らしき小高い山が見える気配はなし。 もと来た道を引き返す途中、何人かの地元の人とすれ違ったので聞いてみても、「知らない」「紂王墓じゃなくて?」「紂王墓ならあるよ」・・・地元人も知らないとは(涙) ようやく高校生らしき男女二人が「もう過ぎたよ」と教えてくれました。 彼らの言葉を信じてそのまま戻って行くと、畑の中に何やら少し土が盛られた場所があったので、もしやと思って入ってみると・・・ ・・・ありました。「蘇妲己之墓」と書かれた倒れかけた石碑が。 目の前を通過したというのに、石碑も墓も、背の高いとうもろこしに隠れてしまい、普通に歩いていたらわかりません。 ←やっと見つけた石碑。 ◆姜王后墓 姜王后=紂王の第一妃。妲己が王室に入ったことでその地位を奪われ、自害するように仕向けられる。 紂王墓と妲己墓の間にあります。 もはや、これは墓ではないような気がするのですが。。。 それでも「姜王后之墓」と書かれた石碑があるので、なんとか認識できました。 それにしても、正妃である姜王后。第二妃であり、自分を自害に追い込んだ妲己と並んで眠っていても大丈夫なのでしょうか(苦笑) ※無料。淇県バスターミナルから「俊県」行きのバス(1.5元)に乗り、「淇河」で降りる。 淇河の手前に紂王墓があり、川沿いに紂王墓→姜王后墓→妲己墓・・・と並んでいる。 夏に行くのはオススメしません。(とうもろこしで視界不良) 汗と日焼けでボロボロになりながら、無事にホテルへ帰還。 昨日に続きまたもや朝からまともにご飯を食べていません。 さすがにお腹も空いてきたので、ホテルの近くをブラブラしていると、清潔そうなレストランを見つけたので、飛び込みました。ここの料理がどれも絶品でした!
<余談> ・淇県は殷の首都「朝歌(チョウカ)」があった場所。「殷都朝歌」「朝歌商場」と書かれた門や、「朝歌路」という通りなどがあるだけで、その面影はほとんど感じられない。。。